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忌野清志郎がやっていたのはロックじゃなくてポエム

▼ そもそも、私は邦楽を認めてない

死体に鞭打つつもりは全くないけど、私は忌野清志郎がロックンローラーだなんて全く認めていない。

ただまあ、これは私の思考における一種のクセみたいなもので。坂本龍一だろうが、筒美京平だろうが、小室哲哉だろうが、ミスチルだろうが、スピッツだろうが、AKBだろうが。日本人が良いと思う日本の音楽は全部カスだと思ってる。これらの「音楽のようなもの」は全て「日本人にしか理解できないポエムのコンテクストの上に乗っかってるだけ」であって、音楽的完成度はどれも低い。

▼ 坂本龍一の音楽探求レベルなんてたかがしれてる

坂本龍一も、彼は「教授」なんて呼ばれてるけど。彼が「スウィング」について語った講義をYOUTUBEで観てガッカリしたつーか。全く見当はずれのことを言っていてさ。「シャッフルでもなく、三連符でもなく、一種の独特な…、それは黒人特有の『血』だけが実現可能な、楽譜には表現できない…」みたいな。これと全く同じ論説を、ジャズ好きのオッサンから何度も聴かされたことあるし、ねらーで変なオッサンに絡まれたこともあるけど。スウィングはちゃんと楽譜で再現できるから。再現できないのはアンタの譜割が間違ってるだけでさ。

私は「教授」ではなくミュージシャンだから細かく述べるのはやめるけど、「●●●/●●●/●●●/●●●」って、三連符(3×4=12)があるとするじゃん。で、これを「ダー/ダー/ダー/ダー」って弾くと「四つ打ち」なんだけど一つ一つの音の長さが「3」の四つ打ちになるの。通常の四つ打ちって「●●●●/●●●●/●●●●/●●●●」(4×4=16)だから、それとは異なるテンポ感になるの。これはウチの「クレオパトラのセックス」って曲で確認できるわ。ほら、ちゃんとスウィングしてるでしょ?

▼ 日本人の音楽レベルが低いのは「権威主義」のせい

まあ、そんな細かい話はどうでもいいんだけど。日本は「権威主義、共感主義」ってのが蔓延してるから。「純粋に、科学的に」は音楽が把握できていないのよね。ここに何か「魔法のように聴こえる音」があったとするじゃん?そうすると、すぐにそれを「黒人特有の~」とか「精神論」に結びつけちゃうつーかさ。でも、音楽って一人で演奏するわけじゃないからさ。だから「精神論」じゃ、ズレちゃうのよ。ちゃんと解釈を合わせないと。

で、アメリカのミュージシャンつーのは、実は几帳面で、これを徹底的に合わせてるのよね。そこで和声の理論を用いるか、あるいは感覚で決めるかはどちらでも良いんだけど、とにかく、解釈をあわせてるの。

でも、日本には「権威主義」つーのがあるからさ「坂本さんがそういうなら、そっちが正しいですよね」って感じで、スルーしちゃうの。偉くなっちゃうと、みんなダメになっちゃうのが日本の音楽。誰か言ってやれよ、CHARのギターソロはゴミだって。何やりたいのかサッパリわかんねえよ。

これは、若いジャズミュージシャンも苦しんでると思う。日本の老害ジャズミュージシャンつーのは、マイルスデイビスの真似をしたがるから。若い子を叩くのよ。

でも、マイルスデイビスつーのは自ら新しいものも吸収して次々に革新的な音楽に挑み、それで「昔のほうが良かった」「今のマイルスはゴミ」だとか叩かれまくって、その上で、若い子も叩いてる。権威主義とは違うのよ。

日本の場合は、そうる透だとかもそうだけど、いったんエラくなっちゃうとふんぞり返ってさ。で、ただふんぞり返ったまま、ひたすら若い子叩いて面白がってるつーか。似てるけど、ちょっと構造が違うのよ。

▼ メグデスが仕掛けているのは戦争だ

私は音楽評論家ではなくミュージシャンだし。ちゃんと作品で我々の研究成果を出す。別に、我々はプロレーベルに所属する必要性なんて感じてない。ちゃんと作品はネットで世に出せるから。そして、100年後に宇宙人がメグデスの音楽を発見して「ああ、彼女らは間違いなく、CHARやそうる透や忌野清志郎より美しいサウンドを出しているな」と思ってもらえれば、それでいい。今生きている、あるいはもう死んだ日本の老害ミュージシャンやその取り巻きに、メグデスを拾ってもらいたいだなんて全く思ってない。皆が我々を叩こうがスルーしようが、それは自由だ。そもそも私たちは、日本のミュージシャンとファンの「品位」についても疑っている。彼らは色々なことを言うだろうし、もしかしたら、行動でしかけてくるかもしれない。で、あれば、我々も同じようにやるだけだ。絶対に殺してやる。

これは何度も言っているけど、私はボカロブームのとき、絵師たちが自分の絵を売るために、カドカワと結託して、ゴミみたいな曲をランキング操作や印象操作で持ち上げてさ、純粋な気持ちで「ボクも実力をあげて将来ミュージシャンになりたい」と考えていたキッズを追放したことを、絶対に許さない。あれはもはやネット暴力だ。

ドワンゴが不調なのもざまあみろだし、当時のボカロブームに乗っかってキャーキャー騒いでいた子ども達が大人になって苦しんでいるのもざまあみろだし、当時の人気絵師だとかも、ほとんどは今仕事ないんじゃないか?ざまあみろだ。

だから結局、別にやり返したりしなくても、おのずと、落ちるべきものは落ちて、残るべきものは残り、上がるべきものは上がるのだろうと思っているけどね。

言いたいことは何かと言えばさ、我々メグデスがここ2~3年で仕掛けているのは戦争であって、挨拶まわりじゃないってこと。我々は日本の邦楽ファンやネット住民たちに「私たちメグデスです、よろしくお願いしまーす」なんてやってるつもりはないのよ。我々はナイフを突きつけてるの。

「テメーらがやってくるなら、こっちもやってやる」っていう。ただ、それだけよ。

平和に、フェアに、芸術で競い合えれば、それが一番素晴らしい。でも才能のないヤツらはいつだって「暴力(言論含む)と金」を持ち出すからさ。それを警戒してるだけ。

そんな私が、忌野清志郎の「ロックで独立する方法」という本を読んだ。

意外だったのは、彼は「感覚主義」ではなく、わりと理詰めで物事を考えていたんだなってこと。

流し読みしたぐらいだけどね。

でもまあ、それでも私は、忌野清志郎も忌野清志郎ファンも認めないけどね。

いずれにせよ、彼らはメグデスの凄さには気づかないはずなのよ。

私は、アニヲタだとかも徹底的に批判してるけどさ。彼らは絶対にメグデスの凄さには気づかないはずなの。そもそも、ウチの客じゃないのよ。だって、豚だもん。

豚は決して知能が低い動物ではないけど、人間ほどではない。

でも、メグデスの音楽は「人間に問いかける音楽」なの。豚に問いかけるつもりはない。

この下記の画像を観ればわかるけど、清志郎はポエマーなのよ。ミュージシャンじゃない。

なにこの「ぼくはロックで大人になった」とか「キミはオーティスを聴いたか」って。意味わかんねえわ。タイトルからして安っぽいじゃん。なんじゃそりゃ?つーかさ。まあ、そういうポエムなんでしょうね。

別にポエムが悪いと言ってるわけじゃない。でも、私から見ると「質の悪いポエムを、ミュージシャンの格好をすることで流通させた」ぐらいにしか見えないのよね。

ポエムのレベルで言えば灰谷健次郎だとかのほうが、はるかにレベル高いからさ。

ここまで、私の文章を読んでくれる人が何人いるかわからないけど。

ここまで怒らずに読んでくれた人は、おそらくそれなりに知能が高い人間でしょう。

ならば、なぜメグデスが「チンコ、マンコ」って歌詞の曲ばかりやってるか気づくと思う。

つまり、ポエムと共感主義がはびこる日本において、それでも私は「ポエムはやりたくない、音楽がやりたい」のよ。

求めているのは、計算された美しいサウンド。私にとって音楽というのは「建築」なのよ。感覚的な情緒も多分に含まれているけれど、そこに計算がないと、立派で大きな建物つーのは建たないの。

日本人はゴミみたいなサウンドにポエムをのせることで、それがあたかも「ゴミではないように見せかけよう」としている。全ての曲がそうだとは言わないけど、そういう曲が多い。

日本人っていつもそうなのよ。初音ミクのときもね、ゴミみたいな曲に絵をつけて「ゴミではないように見せかけよう」つーさ。だから、ラジオで流れて耳だけで「おお!」ってなる曲は極めて少ない。KIROROぐらいじゃないかしらね、ラジオから火がついたのって。知らんけどさ。

つまり、映像や歌詞抜き、サウンドのみで「おおっ!」となるような曲つーのは、日本にはホントに少ないのよ。

でも、メグデスはそれをやろうとしている。チンポとかマンコだとか言っていてもね、それでも「おい、これはグレイトなサウンドじゃないか?」って言われるものを目指してる。

▼ 6/1配信予定。新作ペガサスズ「スーパートラックス」について

マスターアップしたのは5/17.奇しくも、私の誕生日だったわ。別に合わせてたわけじゃないけど自然にそうなった。

メグデスの1stアルバムは配信元から配信拒否されてしまったので、これがミッキー・ハットのデビューアルバムになる。でも、これはホントにノーマルな邦楽のアルバムなのよ。この記事で、さんざん邦楽のことを批判しているのに、これはただの邦楽アルバムなの。だから、本意ではないのよね。

この作品が生まれた経緯はというとさ。

メグデスの歴史は長くて、もう6年目よ。最初は「日本語メタルのボカロプロジェクト」をだったの。当時の中心はギターのジャイアントよ。良い曲を作ってニコニコ動画で発表しようと思ってた。素直よね(笑)。当時はピュアな少年少女で、カドカワを疑ったりしてなかったのよ。

それはともかく、ジャイアントと二人で「メタルサウンド+ボカロ」ってことで色々試行錯誤したんだけど、なかなか納得できるサウンドにならなくて。

ここにキーボードのサクラコが入って(当時はめちゃくちゃだった)、この「天才サクラコ」が急激に進化したことで、メグデスのサウンドは大幅にグレードアップした。サウンドがまともになったところで、ようやく「歌詞」についても真面目に考える段階に入って「こんな普通の歌詞じゃダメだ。チンポ、マンコって言おう」となったの。

前段が長くなったけど、この「ペガサスズ」というプロジェクトは、メグデスが過渡期において「サクラコが才能を発揮し始めサウンドがまとまり始めた。しかし、歌詞についてはそれほどの考察ができていなかった」という時点で、実験的に「ビジュアル系路線」をやっていた頃の音楽なの。このホームページやYOUTUBEにもいくつかのデモが置いてあるわ。これらはただのデモだから、正式リリースされるものは、もっと強力なサウンドになっているけどね。

で、まあ、芸術的な価値は低いけど「邦楽としての価値は高い」から、これも一応リリースしておこうかなつーか。そんな感じ。

誤解してほしくないけど「芸術的価値が低い」つーのは、「メロディーの質が悪い」ってわけじゃないから。そこはちゃんとやってるし、私のベースプレイは完璧よ。メグデスより良い部分もある。でも、コンセプトも含めて評価すると「メグデスほどではない」つーかさ。意外性だったり「メグデスでしかなしえない部分」つーのが少ないのよ。でもまあ、それでも、他の日本のバンドと比較すれば上回ってるなつーさ。そんな感じ。

これがペガサスズが活動していた当時のチラシね。私は腹筋が好きだから「ボーカルは腹筋を見せよう」というコンセプトがあった。バンドロゴの下に「YAYOI METAL」とある。当時はBLが勢いがあったから、BLバンドつーのはウケるんじゃないかと思ったわけ。全くカスらなかったけど。

BLファンつーのは、あまり音楽聴かないつーか。聴いても、それは音楽を聴くってレベルじゃないつーか。うーん、まあ、音楽を売る対象ではなかったのよ。ヲタ全般がそうなんだけど。彼ら彼女らは「キャラクター関連グッズ」は求めるけど、音楽は求めない。人生に関しても芸術に関しても視野が狭いのよ。おつかれさまって感じ。

なぜ、我々が「V系サウンド」に活路を求めたかというと「日本語のメロディとメタルのギターリフは相性が悪い」に尽きる。日本語メロディとギターリフのマッチングつーのは、ジャイアントが20年ぐらい研究している分野で。でも、なかなかしっくりこないのよ。勿論20年やってるから、それなりにノウハウもあるし、上手くいく場合もあるんだけど、でも、しっくりこないことのほうが多いつーさ。

それでも、我々がなぜ「メタル系サウンド」にこだわったかといえば。ここでなんと、忌野清志郎の話に戻るんだけどさ。

先述紹介した彼の著書「ロックで独立する方法」に書いてあるように「日本の曲はコードチェンジが多すぎる(複雑すぎる)」ということに、当然ながらIQ127の私も気づいていて。好みの問題じゃなくて、これは致命的な欠陥だと考えていた。

だって、マイケル・ジャクソンの曲だとか、ずーっと同じコードだったりするのよ。それで3分間引っ張って、世界中で大ヒットして、しかも、未だに枯れていない。あと、わかりやすいところでは、ベン・E・キングの「スタンド・バイ・ミー」があるわね。あれも、ずーっと同じベースライン。でも、グッとくるでしょう?3分間ずーっと感動がある。

ところが、例えば90年代~00年代の邦楽つーのは複雑なコードをいくつもつめこんでさ。さらに、アレンジでも音を詰め込みまくるんだけど聴きどころはサビしかない(笑)。サビ以外はずーっと退屈。聴いてられないでしょ?売れる範囲は日本のみ、売れる期間もせいぜい2~3か月でさ。で、飽きられてオシマイ。来年になったら「ダサいね」っていう。凄く曲の命が短いの。そして「あの曲の何が良いの?」って聞くと「歌詞がいい」(笑)。つまり、日本人は音楽を音としてじゃなくてポエムとしてとらえてるの。まあ「真面目でノリが悪い」ってことなのかもね。私は「ポエムが読みたいなら詩集買えよ。ランボーとか」って思うけど。でも、そうではなくて、日本の音楽ファンは、ホストみたいなアホの書く恋愛の歌詞が読みたいみたい。よくわかんねえわ、日本のオッサンやババアの音楽趣味ってマジでわかんね。わかる気もねえし。まあ、今の日本人の30代~40代の音楽趣味は最低最悪だと言っておく。

さて、ジャイアントが系統していたヘビーメタルつーのは、コードがあまり変わらないの。Aメロだとか、ずーっと同じコードだったりするの。歌の後ろでギターリフが鳴ってるし、ドラムが強烈なグルーヴを作ってるから、それで引っ張れるのよ。だから、メグデス立ち上げ当初は「ジャイアントのギターリフ」を手掛かりに曲を作っていた。実際、日本のラウドネスも、高崎晃のギターリフで勝負して全米で良いところまでいったからね。

ところが、ギターリフと日本語のメロディーがどうしても噛み合わない。上手くいく場合もあるけど、凄く狭い範囲なのよ。だから、曲をたくさん書こうとすると、すぐに行き詰ってしまう。それで、ビジュアル系サウンドに注目したの。V系つーのは、メタルを基礎としつつ、邦楽の柔らかいメロディーにあわせやすいように演奏を調整してるのよね。具体的に言うと、演奏の線が細いの。でもね、V系やってる子って申し訳ないけど、やっぱり、音楽のセンスないから。まあ、見るからに頭悪そうな顔してるじゃん。指が動く子は結構いるけどね。でも、アイディアが複雑すぎるのよ。頭がメンヘラだから。まあ、そのあたりを、IQ127の私が調整したのがペガサスズ。

ペガサスズのサウンドを整理すると「邦楽の綺麗なメロディーとロックのリズムをシンプルにまとめたもの」ということになる。

で、まあ、これはこれで聴き応えのあるものなんだけど、でもまあ、ちょっと主義主張や独自性に欠けるつーか。そこは、今回アレンジとミックスの段階で調整したけど、作曲時点ではウチは確固たる音楽を持ってなかったのよね。

■ ペガサスズ デモサウンド公開!

さて、ペガサスズのサウンドがどういうものなのかは、6月1日を待って欲しいわ。YOUTUBEやこのホームページにもデモはあるし。デモを聴きながら「どんなサウンドになるんだろう?」って想像するのも面白いんじゃないかしら。

また別の機会に詳しく話すけど。音楽って「ミックス、プロデュース」でめちゃくちゃ変わるのよ。デモはデモでしかないの。逆に言えば、デモにしか出せない魅力つーのもあるんだけどさ。実際、メグデスの曲はデモであっても、その曲の良さは伝わりやすい。

でもねえ、ペガサスズのサウンドは凄く繊細だから、デモではほとんど良くわからないと思うわ。なんとなく「歌メロが綺麗だな~」つーのはわかるだろうけど。ここから、どう仕上げるのかがポイントなんだけど、今回、それをやるのはIQ127の私だから。アハハハハ。まあ、期待しててよ。アハハハハハハ

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