シン・ウルトラマン/シナリオが難解、大学の映画サークルが作ったような独特な面白さ

こんにちは、いつもニコニコ元気なマンコ、IQ127の絶対美少女ミッキーです。

もう、ヲタは絶対みんな観るんだろうなつーシン・ウルトラマン。私も初日に観てきました!

「面白い!」という気持ちと「なんじゃこれ」というシラケが混ざった独特の感覚。

これは、庵野映画の体臭として、これからも続くんでしょうね。


■■ ハリウッド映画とは異なる映画の面白さの追求なのか?

■■ 全てを言葉で説明する「日本映画」のダサさと面白さ。


ハリウッド映画というのは、自分がその主人公になったような気分で「別の人生を体感」するような感覚がある。

マーヴェルの映画は「こういうヒーローが世の中にいたらいいな」と思わせる「男のフェロモン」がある。


シン・ウルトラマンには、そういう「観てる人間を本気にさせる」という要素はないのよね。

「ああ、面白い解釈じゃない?私はわかるよ、このセンス」みたいな。

ちょっと鼻につく、サブカルっぽさよね。


シン・ゴジラは、世界の誰が観ても「これは面白い!」って感じだったけど。

シン・ウルトラマンは、一歩退いて「日本人のセンスが良い人ならわかるよね」という内輪ネタ的なノリになっていた。


マーヴェルの映画は、これが現実なの空想なのかわからないような「リアリティ」があるんだけど。

シン・ウルトラマンは「これは演技です、これは着ぐるみです」ってハッキリわかるような「シラケ」がある。

その「シラケ」をワザと「味」にして、一本の作品に仕上げてる。

香港の映画でもよくあるのよね。ワザと「創作物だ」ってわかるような演出を入れて、それを味にする。

ただ、香港の映画は、本当に「絵で理解させる」ように作りこんでる。だから、子供が観ても面白いのよ。

(日本の子供が面白がるかどうかはわからない)

一方、日本の映画、そして、シン・ウルトラマンは「長い複雑な、早口の台詞」で、色んなことを説明する。

これ、庵野に限らず、名探偵コナンとかでも、全部そうなのよね。登場人物がすげー喋る、喋りまくる。

全部を言葉で説明するし、長い台詞を滑らかに喋るのが日本の「演技」。まあ、ダサい。

ダサいんだけど、「ああ、そういう設定になってるんだ。よく考えてるな。面白い」ってところに、面白さを感じる。

そういう意味で、シン・ウルトラマンは面白かった。


■■ 庵野のやりたいことと、俳優のやりたいことが、全く噛み合ってない。

■■ 日本の映画はこの先も、絶対に世界に通用しない現実を突き付けられた。


長澤まさみは、本当に俳優なんだなと思って。

「演技する」ことに重きを置いてるのよね。演技をするというのは「身体動作」。

今回で言うと、長澤まさみは「ウルトラマンの巨大な手のひら」に乗っているシーンがあるんだけど。

そこで「手のひらに乗っている」ように「見せる」という身体動作に対して、自分の演技を評価している。


でも、おそらく、日本の映画ファンは、長澤まさみの「演技」には興味ないと思う。

「あ~なって、こうなって、急にこーなって、すげー変で面白い。最後の米津の曲カッコ良かった」

という具合に、物語の設定やストーリー、そして、音楽に対して、あれこれ評価するんじゃないかな…。

かつ、庵野もあんまり、「生の人間の演技」には興味ないように見える。

私が監督だったら、この映画の台詞は全てボツで、全部書き直すのよ。私には「人間が喋る台詞」に聞こえなかった。だから、演技が全て空回りしてるように見える。

これがアニメだったら、全然通るんだろうけど、私はアニメ観ないからね。

「台詞の情報量が多すぎる」としか思わない。

でも、庵野は生の人間に興味がなくて、キャラクターだと思ってるから。そのへんの違和感には気づかないし、気づいてもどうでもいいんだと思う。

でも、役者としては「一言を、どういう仕草で、どう喋るか」というのは、一番こだわりたいところ。

でも、庵野にとってはどうでもいい。

そういう具合に、庵野と役者の気持ちのすれ違いが発生してる。

役者さんが「つまんねえな、この撮影」って感じてるのが、スクリーンごしにビシバシ伝わってきた。

でもたぶん、役者の方は「庵野さんは凄いから、何も言えないよね」ってなってると思う。

コミュニケーションが破綻してる。コミュ障の映画。

だから、コミュ障にはささっても、世界の「普通一般の人」に刺さるまでは、ファンは拡大しないだろうなと思った。

でも、シン・ゴジラは面白かったんだけどね。なぜ、シン・ウルトラマンでは後退したのか。

まあ、庵野も「べつに、自分の好きなものを作ればいいや」って、諦めたのかなと思った。


諦めた結果、長くて複雑なシナリオ、わかりにくくて聴き取りにくい長い台詞はそのまま放置され、「大学の映画サークルが作ったような内輪ノリの映画」が出来たんだと思う。

それでも、なぜか面白いのが庵野マジック。だから、庵野マジックを堪能したい人には「面白い!」って感じだけど。「映画、俳優の魂、演技の巧さ」を楽しみたい人にとっては「よくわかんねえわ」って映画かな。

日本は間違いなく分裂してるっていうのが、この作品に濃縮されてた。

モノづくりにおいても、みんなが見てる方向が全くバラバラっていうさ。それが悪いつーか、そういう時代なんでしょうね。同じ会社で働いていても、みんな見てる方向バラバラ。

「バラバラだな。まあ、バラバラなのが面白いのかな」っていうのが感想の総括。


▼ 長澤まさみの映画に対するコメント。でも、シン・ウルトラマンを観た人のほとんどは、長澤まさみが手の平の上でどんな演技をしたかなんて、ほとんど興味持たないんじゃない?


▼ 右上のポスター。「空想とロマン、そして友情」。そこまで言葉で説明するかつーさ。バカっぽい。

でも、ライトノベルのタイトルの付け方ってそんな感じだし、これが今の「最先端の日本のセンス」なんだと思う。

これはこれで味があるしね。でも、アメリカにも勝てないし、香港にも、韓国にも勝てないよね、このセンスじゃ。

「別に勝たなくていいじゃん。オレたち日本人だし」っていう、そういう「諦観、ひらきなおり」を、この映画から凄く感じた。エヴァンゲリオンとか、シン・ゴジラのときは「日本が世界のエンターテイメントをひっくり返すんじゃないか?」っていう、ドキドキ感があったけど。シン・ウルトラマンにあるのは、明確な「あきらめ」なのよ。だから、面白かったけど、興奮はできなかった。

以上